ロシアのフリーソフトウェア事情

Moscow(ロシア)発――Moscow中心街にあるInstitute of Philosophyの最上階では、狭いオフィスに詰め込まれたAlexei Smirnovら数十人の技術者が、背中を丸めてラップトップに向かい、カタカタとせわしなくキーボードを叩いている。画面にはオープンソースコードが次々と現れる。これが、シベリアからイスラエルまで広がるロシア語Linuxプログラマ組織ALT Linuxチームの中枢部だ。

多くの意味で、同組織はロシアで急速に発展を遂げつつあるオープンソース運動の中心でもある。熟練プログラマと、あらゆる無料なものへの愛好で知られるロシアに、オープンソースは根を下ろし始めている。

ALT Linuxは、プログラムを改良し、プログラミング・スキルを存分に発揮したいと願う熱心なコーダのグループが、ボランティアとして6年前に立ち上げた。この数年で、30人の社員を4都市に抱える法人として組織変えし、120人の無報酬のプログラマが刺激を求めて参加している。

主力製品は、ロシア語(およびその他の言語)のプログラム4,000種とドキュメントを収録したCD9枚組だ。販売価格は1,400ルーブル、およそ45米ドル。個人デスクトップユーザを対象としたCD1枚のバージョン(Juniorと呼ばれる)が、7米ドルで販売されている。

しかし、ALT Linux社のビジネスの中心は、民間企業向け(たまに政府機関向け)にオープンソースベースのアプリケーションを開発およびサポートする業務にある。

同じことは、ロシアのほかのオープンソース開発企業、つまりMoscowを拠点とするASPLinux社とSt. PetersburgのLinux Inc社にも言える。

Linuxはルーブルを稼げるか?

「ロシア国内のオープンソース事情は、他国と同じです」と、ASPLinux社のKirill Koyaginは語る。「利益を生むものかどうか、誰もが知りたがっています」 同社は、シューズメーカ米Reebok社の現地法人と、原子力発電所で使われるソフトウェアの研究開発企業であるMoscowのENTEK社と取引関係にある。ENTEK社とのビジネスでは、バックアップサーバを使ってワークステーションを短時間で復旧する高速復旧システムを開発し、同社の要望により特別なバージョンのLinuxディストリビューションを提供した。

ASPLinux社のコードは、XFreeプロジェクトとQTプロジェクトに使われている。SourceForgeでは、gaimインスタントメッセージング・プロジェクトに参加し、yumプロジェクトで積極的に活動している。yumは、システムを最新の状態に保ち、プログラムのインストール、アップグレード、削除を実行するユーティリティセットであり、最近Red Hatディストリビューションに収められた。

Koyaginによると、同社の収支は均衡している。「ロシアでは市場ができていないのです。まだ需要は大きくありません」

ALT Linux社のSmirnovも同じ意見だ。「1999年か2000年まで、(ロシア国内では)オープンソースは外来品でした。今は、ビジネスの選択肢としてまじめに扱われ始めている段階です」

政府におけるLinuxの状況にも同じことが言える。ASPLinux社は、オープンソースソリューションの実装に関して州機関とコンサルタント契約を数件結んでいるが、実際にプロジェクトを開始した機関はまだない。

ロシアは、米Microsoft社のGovernment Securityプログラム(Windowsソースコードへの限定的なアクセスを許可するMicrosoft社のイニシアティブ)に参加している国の1つである。

コミュニティと思想

ロシアで業務を展開する上記3社はすべてLinuxを活用している。

7月、200人を超えるLinux信奉者が、旧ソ連全土からロシアのKaluga州Borovsk――つまり人里離れた僻地――に集まった。目的は、Linuxfestへの参加だ。はるばるカザフスタンやウクライナからやってきたLinux愛好者たちが、森の中にテントを張り、経験や専門知識を分かち合った。週末の非公式な会議は、ロシアのオープンソース関係者にとって重要な年次行事となっている。オープンソース運動が、金もうけと同じぐらい思想やコミュニティを抜きには語れないことをよく示す事実だ。

たとえば、ASPLinux社には25人の社員しかいないが、同社のプログラミングプロジェクトに登録された参加者は1,200人を超える。彼らは、Linuxディスカッショングループでチャットし、情報やプログラムをオンラインで交換している。ASPLinux社のMoscowオフィスからささやかな賞をもらったり、名誉あるトップテンリストに名前が記載されたり、自身のプロジェクトに役立つプログラムを完成させることはあるが、仕事に対して報酬が支払われることはない。

一方、少なくとも1社のロシア企業――ソフトウェア・アウトソーシング企業Auriga社――が、1996年にCalifornia州San JoseのLynuxWorks社と業務提携を結んで以来、Linuxから収益を得ている。 LynuxWorks社の技術は、埋め込みデバイスを対象としたオペレーティングシステム製品BlueCat Linux(同社のLinuxディストリビューション)とLynxOS(同社独自のオペレーティングシステム)をベースとする。Auriga社は、このシリコンバレー企業に工学技術を提供している。

MoscowにおけるAuriga社LynuxWorksチームを率いるVladimir Khusainovは、ロシアにおけるオープンソースの将来は明るいと語る。「オープンソースはこの地に留まるでしょう。ロシア人は、昔から必要のないものに金を使うのを嫌います。オープンソースは本質的に無料ですからね」

Na khalyavu!(=for free!)

無料のものを好むことは、ロシア人気質の一部も同然だ。家庭で使われるほとんどのコンピュータでは、路上や立体交差の下で2〜3米ドルで売られる違法コピーのMicrosoftプログラムが動いている。もちろん、産業界や政府ではもっと高い規範が守られているが、違法コピーがないわけではない。

無料のものを好むロシアの文化的なルーツはかなり古い。味わい深いロシア語の単語に「khalyava」がある。khalyavaは、おおむね「free」に相当する。ただし、「自由」という意味でのfreeではなく、「無料」の同義語だ。一番使われることが多いのは、無料の食事やドリンク(つまりウオツカなど)を指す場合である。しかし、オープンソースを意味する言葉として、形容詞の形で「khalyavny software」という言い回しも使われる。

フリーソフトウェアを特に魅力的に感じさせるこのような文化的な伝統が、3社の成長企業が持つリソース、世界最高レベルのプログラマ、経済成長とあいまって、ロシアにおけるオープンソースの見通しを明るくしている。

「パーセンテージとしては、ロシア人がこれまでに多くを貢献したとは思いません」とAuriga社のKhusainovは言う。「とはいえ、重要なソフトウェアを必要とするプロジェクトが発足することになれば、私たちは参加するでしょう」 

J. Quinn Martin──Moscowで活動するフリーランスのジャーナリスト。旧ソ連圏を旅し、ビジネス、技術、文化について執筆活動を展開する。